第二章
たかしは水が肺の中に侵入してくる感覚を感じ、必死に手足をばたつかせた。振り回した手が顔に当たったコンマ数秒後、たかしの視界の隅に光が差し、たかしにとっては見慣れた、殺風景な部屋が目に入る。たかしは溜息をつきながら装着していたVRヘッドセットを外し、感覚フィードバックスーツを脱いだ。今思うと、自分でもなぜあんなヴァースにはいったのか理解が出来なかった。人は苦しむことでしか生を感じられないのかもしれないな、とたかしは苦笑した。
ネットダイブ用のコックピットチェアの脇には、この時代の人類全員の夢である全身義体用に毎日少しずつ仮想通貨を貯めている貯金箱がある。振るとチャリチャリと音はなるが、所詮それは変数に応じてプログラムがスピーカーを震わせているに過ぎない。ああ、今ほど仮想化が進んでいない昔は良かったなと思いながら、たかしはコーヒーメーカーの電源を入れる。コーヒーメーカーがコップに液体を注ぐのを横目で見ながら、たかしは自身のうなじに電源ケーブルを差し込んだ。ピピッという音がコーヒーメーカーが液体を入れ終わったことを知らせる。たかしはコップを持ち、液体を飲み込んだ。
急に視覚が暗転し、脳内に「シカクデバイスガコショウシテイルヨウデス」と声が流れた。その数秒後、視覚情報は復旧したが、見えていたものは今までの物とは違った。飲んでいたものは実際にはオイルだった。貯金箱はただの空き缶だった。くそっ、こんな現実見たくないのに、見ないようにしていたのにとたかしは壁に頭を何度も打ち付けた。この世界は全てがまやかしだ。嘘だ。この世界で真実なのは何だ?信じられるものは何だ?そうだ。自分自身だ。苦しもう。痛みこそが自分が自分自身としてこの世界に存在することの証明だ。たかしは、自らのこめかみに9mmを押し付け、
引き金を引いた。
電極が自身の脳から剥がれ落ちる感覚を感じながら、意識が無くなる直前に、たかしは何か違う世界の声を聴いた。その声は「このコンテナも失敗か…もう一度ボリュームを削除してcomposeだな…」と言っていた。たかしは幼少期に社会科で習った世界地図を思い出した。地図の外枠の下側には、小さなクジラが描かれていた。
大問4.
たかしの行動の矛盾している点を以下の選択肢から一つずつ選べ。(3点)
ア. 全身義体化用に貯金をしている。
イ. 痛みを人間であることの証明だと感じている
ウ. 仮想化が進んでいなかった過去を羨んでいる。
エ. 最後に生存本能を感じた。

