これから数ヶ月間まとまった時間が取れるようになり、個人で楽しむ物から皆に楽しんでもらえる物を作る活動に方向転換する余裕が生まれそうなので、ここで自分が今まで作ってきたものを振り返り、自分の創作はどこから生まれているのかを考察する。
これまでの自分の創作は、一言で言うと別の事に追い詰められている時に生まれることが多かった。たかしの怪文書やこの文章もテスト前に書いているし、raspberry_ manも高校に行けずに家に居ることが多く、漠然と不安と絶望を感じていた時期に作業の大半を行った。
自分にとって創作とは、「やらなければいけない事からの逃避行動」である。これは自分が今まで作成してきた物にも表れている。このブログやSNSで公開してきた電子工作は、そのほとんどがイヤホンやヘッドフォンの使用を前提とした作品である。イヤホンやヘッドフォンは耳を塞ぐ事で自分にとって都合の良い音以外を排除することが出来る。その世界の中には今自分の目の前にある課題や作業などは存在しない。例え蜃気楼の様なものであったとしても、一時的には全てを忘れることができる。
この「逃げ」の姿勢は幼少期からずっと変わっていないように思う。小学生の頃は習い事の教室からよく脱走していたし、中学校の頃学校に行けなくなった原因も自分の責任に対する逃げがいま思えばあったのかも知れない。その逃げを高校3年まで引きずり、転校した先で何とか少し持ち直して今の自分がいる。中学から高校の期間は精神状態が不安定で病気だったと言えばそうなのだが、病名を盾にして自分を納得させる行為自体が逃げだと感じる。
逃げているのは今も変わっていない。課題を先延ばしにするのは自分の自由時間を実質的に大きく削っている事だと理解しているのに毎回ギリギリに提出しているし、テストの前にテスト勉強をしようしようと思いながら結局あまりせずに本番を迎えてしまう。これでは何もうまく行かなくて当然で、実際創作活動も下火になってしまっている。高校の時にの学習が抜けているのに、その復習からも逃げている。
これから誰かに使ってもらう物を作るにあたり、この逃げぐせは修正しないといけない。最近は自信のあった作業や教科で誰かに負けてもまあいいやと思うようになりつつあり、負け癖もつき始めているように思う。これらの状況を打開する数カ月にしたい。
あれ、方向転換する余裕…ある?

